大腸菌(Escherichia coli:エシェリキア・コリ)に代表されるエシェリキア属には5菌種が含まれ、大腸菌の他に
E.blattae、 E.fergusonii、E.hermanii、E.vulnerisの4菌種が属しています。この4菌種は、アメリカのCDCの研究者グループによって追加された菌で、膿や痰、便から分離されていますが、自然界での分布は不明です。
エシェリキア属の中でもっとも重要な菌は大腸菌で、その名が示すように、ヒトおよび動物の腸管内に常在しています。通常は非病原性ですが、特殊な病原因子産生能を獲得するとヒトに腸管感染症をおこす「病原性大腸菌」となります。
大腸菌によって起こる疾患は、腸管感染症と腸管外感染症に大別することができます。腸管感染症には病原性大腸菌によって起きる胃腸炎があり、腸管外感染症には尿路感染症(膀胱炎、腎盂炎、腎炎など)や虫垂炎、腹膜炎、胆嚢炎、髄膜炎、心内膜炎などの局所性および全身性の感染症があります。また、衛生学的には、大腸菌が糞便中に存在することから、水の汚染などの指標に用いられています。
病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)
胃腸炎症状の病原性を持つ大腸菌は、一般に病原性大腸菌(下痢原性大腸菌)と呼ばれ5つのタイプに分けられています。
1.腸管出血性大腸菌(EHEC:Enterohemorrhagic
E.coli )
2.毒素原性大腸菌(ETEC:Enterotoxigenic
E.coli )
3.組織侵入性大腸菌(EIEC:Enteroinvasive
E.coli )
4.病原血清型大腸菌(EPEC:Enteropathogenic
E.coli )
5.腸管付着性大腸菌(EAEC:Enteroadherent
E.coli )
1.腸管出血性大腸菌(EHEC)
血清型 O157、O26、O111など 0157 電子顕微鏡写真
腸管粘膜に定着したEHECがその場で増殖し、産生されたベロ毒素(VT)によって下痢を起こします。1982年アメリカで発生したハンバーガーによる食中毒事件で初めて、O157:H7が原因菌であることが報告されました。
EHECによる感染は経口感染で、飲食物からの感染やヒトからヒトへの感染、水を介しての感染で大規模な集団食中毒を起こします。感染が成立する菌量は約100個ともいわれ、従来報告されている食中毒菌のなかでは最も少ないのも特徴です。症状は、まったく症状のないものから軽度の下痢、激しい腹痛、頻回の水様便、著しい血便とともに重篤な合併症を起こし死に至る場合まで様々な症状を呈します。また、これらの有症患者の6〜7%では、下痢などの初発症状の数日から2週間後に、あるいは激しい腹痛、血便の数日後に溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症などの重症合併症が生じることがあり、重症患者では死に至ることもあります。
これらの症状の原因であるベロ毒素(VT)にはVT1とVT2の2種類があり、VT1は赤痢菌の産生する毒素と同じもので、VT2はVT1と少し構造が異なっており、VT2の方が毒性が強いとされています。
EHECはベロ毒素を産生することから、ベロ毒素産生性大腸菌(VTEC:Verotoxin producing E.coli )とも呼ばれます。 |
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2.毒素原性大腸菌(ETEC )
血清型 O26、O27など
海外旅行者の下痢症の主要な原因菌で、集団食中毒も発生しています。小腸粘膜に定着したETECがその場で増殖し、産生された腸管毒(エンテロトキシン)によってコレラ様の水様性下痢を起こします。このエンテロトキシンにはLT(易熱性エンテロトキシン)とST(耐熱性エンテロトキシン)の2種類があり、LTはコレラ菌のエンテロトキシンと同一の物質です。
3.組織侵入性大腸菌(EIEC )
血清型 O28ac、O112ac、O124など
大腸粘膜の上皮細胞に付着、侵入したEIECが細胞内で増殖し、組織の炎症・壊死から潰瘍を形成して出血や下痢(粘血便)を起こします。
4.病原血清型大腸菌(EPEC)
血清型 O55、O111、O128など
EPECは下痢を起こす大腸菌の中で最も早く見いだされたもので、特定の血清型の大腸菌からなり強く病原性を疑いますが、毒素も産生せず組織侵入性も示しません。サルモネラ症に似た胃腸炎を起こし、乳児では一般的に激しい症状を呈します。
5.腸管付着性大腸菌(EAEC )
血清型 O44、O127など
EAECは2週間以上続く下痢の原因菌として分離されることが多いと言われていますが、病原因子など不明なことの多い菌です。
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